コラム
【賃貸の借主向け】立ち退きの正当事由を弁護士が徹底解説
大家(賃貸人)により物件からの立ち退きを要求された場合、入居者(賃借人)はその理由に注目しなければなりません。その理由が「正当の事由」に該当するかによって、立ち退きの正当性や支払われるべき立ち退き料の金額が異なるためです。
では、この「正当の事由」とはなんなのでしょうか。またどのような理由がそれに該当するのでしょうか。
今回は、立ち退きの「正当の事由」について、具体例や過去の判例を挙げながら詳しく解説します。
大家の一方的な都合で立ち退きさせられない
賃貸物件では、大家が自身の一方的な都合で、入居者を立ち退かせることはできません。
賃貸借関係では、どうしても建物や土地を貸す大家側の立場が強くなりやすいです。だからといって、大家の一方的な都合で生活の拠点である住居や店舗から追い出されてしまっては、入居者の生活は成り立ちません。
これを防ぐために重要な役割を果たすのが、賃貸借契約です。
建物や土地を貸し借りする際には、入居者と大家は賃貸借契約を結びます。この契約は、入居者の保護に重きを置いた内容であり、継続が原則です。大家側からの契約解除や更新拒絶は、簡単には認められません。
この賃貸借契約があるからこそ、大家は自身の一方的な都合で立ち退きを求めることができず、入居者の安定的な生活が守られるのです。
では、入居者はどのような場合に、立ち退きを要求されるのでしょうか。
それは、立ち退きに「正当の事由」が認められる場合です。
立ち退きの正当事由とは何か?
前章で、立ち退き要求には「正当の事由」が必要だと述べました。この言葉は、借地借家法第28条「建物賃貸借契約の更新拒絶等の要件」に記されているものです。
この条文では、賃貸人である大家からの賃貸借契約の解約は、「正当の事由」があると認められた時にしか行えないと記されています。
「正当の事由」に該当するかどうかの判断はケースバイケースですが、この判断には次の5つの要素が影響します。
・物件を使用する必要性
・賃貸借の経緯
・物件の利用状況
・物件の現状
・財産上の給付(立ち退き料)
上記の要素について詳しくみていきましょう。
1 物件を使用する必要性
その物件を使用する必要性は、「正当の事由」を判断する重要な要素です。このポイントにおいては、大家だけでなく、入居者側の事情も考慮されます。
大家側が使用する必要性が高ければ「正当の事由」として認められる可能性は高くなります。一方、入居者が使用する必要性が高ければ、大家の主張する「正当の事由」は認められない可能性もあるのです。
2 賃貸借の経緯
今までの賃貸借の経緯も「正当の事由」の判断要素です。
例えば、契約・変更の経緯や契約後の期間、双方間の信頼関係、家賃の支払い状況などです。賃貸借において発生したこれらの要素も鑑みて、判断は行われます。
3 物件の利用状況
物件の利用状況も「正当の事由」に影響を与えます。
例えばペット不可の物件にてペットを飼うなど、入居者が契約に違反したやり方で物件を利用しているような場合、大家側の立ち退きの「正当の事由」が認められやすくなります。
またこの判断では、物件を利用する頻度も加味されます。
4 物件の現状
物件そのものの現状も、重要な判断要素のひとつです。
建物の老朽化が進み、建て替え・取り壊しの緊急性が高いようであれば、それは「正当の事由」として認められるでしょう。
ただし、補修は必要であるものの、建物の建て替え・取り壊しに緊急性がないような場合には、「正当の事由」が認められない可能性もあります。
5 財産上の給付(立ち退き料)
借地借家法の条文にも記載されている「財産上の給付」とは、立ち退き料のことを指していると理解できます。立ち退き料は、大家の提示する「正当の事由」を補完する役割を果たします。
よって、これらには、次のような関係が成り立ちます。
「正当の事由」が強い場合、立ち退き料の金額は下がる
「正当の事由」が弱い場合、立ち退き料の金額は上がる
大家は、立ち退き料として支払う金額によって、主張する「正当の事由」の強度を補完できるのです。
このことから、入居者が適切な金額の立ち退き料を請求するためには、借主・貸主側の「正当の事由」の強弱を正しく判断し、それをもとに交渉を行う必要があります。
立ち退きの正当事由に「老朽化」は認められるか
建物の老朽化が「正当の事由」として認められるケースは、確かにあります。
ただし、前章でも触れた通り、認められるのは老朽化による建て替え・取り壊しの緊急性が高い場合のみです。例えば、耐震性能が著しく低かったり、建物がすでに大きく損傷したりしていて、そこに住み続けることに危険が生じる場合です。
建物が古くなってきたから、また建て直しを行いたいからなどという理由だけでは、「正当の事由」とは認められません。築何十年の古い建物であっても、利用にあたっての危険性、建て替え・取り壊しの緊急性がないのであれば、大家が無闇に立ち退きを要求することはできないのです。
ただし、老朽化による立ち退きの「正当の事由」は、立ち退き料の支払いによって補完できる場合があります。
立ち退きの正当事由に「売却」は認められるか
ただ「物件を売りたいから」「高く買ってくれる人がいるから」という理由だけでは、それが「正当の事由」となる可能性は低いでしょう。なぜなら、これは大家の一方的な都合による売却であり、それを認めると入居者の権利が守られないためです。
ただし、売却の理由によっては、「正当の事由」が成立することもあります。例を挙げてみましょう。
・遺産分割を行うため
・相続税を支払うため
・借金を返すため など
上記のケースでは、大家にとって物件を売却する必要性が高いことから、立ち退き要求が正当と認められる可能性があると考えられます。
また、売却による立ち退きの「正当の事由」は、老朽化同様、立ち退き料の支払いによって補完できる場合があります。
立ち退きの正当事由に「自己使用」は認められるか
大家による物件の自己使用も、立ち退きの「正当の事由」として認められる場合があります。
ただし、それは自己使用の必要性が高いと判断される時に限定されます。
例えば、次のようなケースです。
・介護のために子どもとの同居にあたって住居が必要である
・近くに通院している病院がある
・経済的に余裕がないため自身で賃貸物件を契約して住むことができない など
大家が上記のような事情を抱えている場合、物件の必要性が高いと判断され、大家側の正当の事由が認められやすくなる可能性があります。
一方で他の物件を保有しているにも関わらず、ただ「そこに住みたいから」という理由では、入居者に立ち退いてもらうことはできません。どうしてもその物件に住まなければならない場合のみ、自己使用による立ち退き要求は認められます。
またこの場合も、「正当の事由」の判断には、立ち退き料の支払いやその金額が加味されます。
立ち退きの判例
賃貸物件の立ち退きは、裁判に発展することもあります。
ここでは、「正当の事由」が認められた実際の判例と認められなかった判例をご紹介します。
正当事由が認められた判例
【事案】
賃貸アパートを運営するAさんは、Bさんと賃貸契約を交わし、Bさんはそのアパートに居住していた。当初契約期間は約2年と決まっていたが、その後契約期間を設けない賃貸借となっていた。
それから約8年後、賃貸人であるAさんが死亡し、その子であるCさんがその立場を継承した。
Cさんは「建物の老朽化による危険性」を理由に取り壊しを希望し、Bさんに6ヶ月後の立ち退きを要求した。要求を受けたBさんは期日が来ても立ち退かず、明渡しの催告にも応じなかった。
このことから、Cさんはアパートを明け渡さないBさんを東京地裁に提訴した。
【Cさんの主張】
・築45年以上経過した建物は老朽化しており、居住にあたって危険である
・アパートを修復・耐震補強するには3,500万円超の費用が必要であり、このような経済的負担を負えない
・自身はアパート運営のノウハウがなく、それよりも土地の売却による生活資金の確保の必要性に迫られている
・「正当の理由」を補完するため、Bさんに立ち退き料として100万円(または裁判所が相当とする金額)を支払う
【Bさんの主張】
・老朽化は賃貸人側による修繕義務の不履行によるもので、自業自得である
・修復・耐震補強の費用は信用できない
・取り壊しの必要性については、Cさんの事情ばかりが述べられている
・受け取るべき立ち退き料は350万円が妥当で、200万円以下ということはあり得ない
【判決】
裁判所は、アパートの老朽化による危険性、および収益性と修繕費のバランスを考え、取り壊しの必要性が高いと判断した。ただし、Bさんに賃料滞納などがないことから、100万円の立ち退き料の支払によって「正当の事由」を補完することが相当であるとしました。
裁判所はCさんの主張を概ね認め、100万円の立ち退き料の受け取りをもって、Bさんに建物の明渡しを命じた。
(参照:一般財団法人 不動産適正取引推進機構 REITO判例検索システム「築後45年以上を経過したアパートの賃貸人からの解約申入れに、正当事由の補完として立退料100万円をもって認容した事例」)
正当事由が認められなかった判例
【事案】
賃貸人であるAさんは、Xさんに対し、自身の保有する物件を貸していた。しかし、約4年後にXさんは死亡し、その妻であるYさんが賃借人となった。
また、その後Aさんも死亡。相続によって、Bさんが賃貸人を継承することになった。
その約1年後、Bさんは「物件の処分」を理由にYさんに対し立ち退きを要求しました。6ヶ月を過ぎてもYさんが物件の明渡しに応じなかったので、提訴を行った。
【Bさんの主張】
・債務整理のため、物件を処分する必要がある
・物件の収益性が低いため、敷地を有効利用する必要がある
・該当物件は築40年を経過しており建て替えの必要がある
・相当額の立ち退き料を支払う用意がある
【Yさんの主張】
・これまでトラブルも起こさず、家賃も滞納せず、問題なく利用してきている
・現在子どもと住んでおり、心臓の障害で働けず、収入が遺族年金のみである
・Bさんは莫大な遺産を得たはずで、この物件を処分しなくても債務整理はできるはずだ
・倒壊の危険があるほど老朽化していない
・Bさんの主張する立ち退き料の額では「正当の事由」を補完するに足りない
【判決】
一審では、裁判所は60万円の立ち退き料を受け取って物件を明け渡すようYさんに命じたが、Yさんはこの判決を不服として控訴しています。
二審では、Bさんの財産状況から物件の処分による債務整理の必要性は低いと判断されました。さらに、大規模な修繕をしなければ居住できない状態でもないことから、取り壊しの必要性も低いとされました。
総合判断としてYさんの主張が全面的に認められ、Bさんが提示した120万円の立ち退き料支払いをもっても「正当の事由」は補完されないとし、立ち退きを求めるBさんの請求は棄却されました。
(参照:一般財団法人 不動産適正取引推進機構 REITO判例検索システム「建築後約40年を経過した建物の所有者である賃貸人による明渡請求が否定された事例」)
まとめ
ご紹介したように、立ち退きの「正当の事由」の判断は、ケースによって大きく異なります。
立ち退き交渉の経験のない入居者が、これを正しく判断するのは困難でしょう。万が一判断を誤ってしまえば、受け取るべき立ち退き料を受け取れなくなる恐れもあります。
そこで検討すべきなのが、弁護士による交渉代行です。不動産問題を解決してきた弁護士は、その知識と経験から「正当の事由」の判断に長けています。また、交渉技術も優れているため、立ち退き交渉の代行を頼めば、適切な金額の立ち退き料を請求することが可能になります。
自身の負担を軽減するためにも、立ち退き交渉は入居者自身で行うのではなく、不動産問題を得意とする弁護士の手を借りるようにしましょう。
記事監修 : 代表弁護士 大達 一賢