コラム
大家都合で立ち退きする場合、敷金は返還されるのか?
賃貸借契約を結ぶ際には、多くの場合、入居者は敷金の支払いを行います。
そして、物件からの退去時には、入居者へ敷金の返還が行われます。
では、大家に立ち退きを求められて、入居者が賃貸物件から退去する場合には、敷金の取り扱いはどうなるのでしょうか。全額の返還を受けられるのでしょうか。
今回は、立ち退きにおける敷金の取り扱いについて詳しく解説します。
大家から要求されて立ち退きをする場合、敷金は返還されるか
結論から述べると、立ち退きを要請され物件から退去する場合、基本的に入居者は敷金の返還を受けられます。
賃貸物件への入居時に大家に支払う敷金は、賃貸借契約の担保金です。民法622条では、「契約の担保金である敷金は、賃貸借契約が終了する際には、賃貸借において生じた債務の額を控除し、その残額を返還すべきである」と定められています。
よって、立ち退きを要求されたどうかにはかかわらず、賃貸借契約が終了する場合には、入居時に支払った敷金は原則返還されることになります。
ただし、「家賃を滞納していた」「借りていた部屋を傷つけてしまった」など、入居者に賃貸借において生じた債務がある場合には、敷金は全額返金とはなりません。この場合の返還額は、当初の敷金から債務相当額を控除した金額となります。
大家都合による物件からの立ち退きでは、多くのケースで、入居者に立ち退き料が支払われます。
よって、立ち退きによって入居者が受け取れる金銭は「立ち退き料+敷金(債務相当額を除く)」であるということになります。
なお、賃貸借契約の際に支払うお金に礼金もありますが、礼金は「大家への謝礼」として支払うものですので、返還されることはありません。
敷金と原状回復
先ほど「入居者に賃貸借において生じた債務がある場合には、返還される敷金は債務相当額を控除した金額になる」とご紹介しました。この「賃貸借において生じた債務」に含まれるのが、原状回復義務です。
国土交通省のガイドラインでは、原状回復を以下のように定義しています。
【原状回復】
賃借人の居住、使用により発生した建物価値の減少のうち、賃借人の故意・過失、善管注意義務違反、その他通常の使用を超えるような使用による損耗・毀損を復旧すること
(国土交通省住宅局『原状回復をめぐるトラブルとガイドライン』より)
つまり、故意や過失による物件の損傷については、入居者が費用を負担して、それを修繕しなければならないのです。
ただし、通常の物件使用に伴う経年劣化については、入居者に原状回復の義務は生じません。
原状回復については、退去時に返還される敷金から修繕に必要な費用を控除する形が取られます。よって、立ち退きの場合であっても、故意や過失による物件の損傷がある場合、実際に返還される敷金は、当初の敷金から修繕費用を差し引いた金額となります。
このように、立ち退きであっても、敷金は返還されるものの、原状回復費用が免除されることは基本的にないことを押さえておきましょう。
ただし、立ち退きの合意条件として原状回復費用の免除を挙げ、大家と交渉することは可能です。交渉を有利に進めるには、弁護士に代理交渉を依頼することも検討しましょう。
原状回復費用については、こちらの記事で詳しく解説しています。
「大家都合により退去する場合、原状回復費用は負担する必要があるのか?」
立ち退き時に敷金が返還されないケース
賃貸物件の立ち退きでは、敷金が返還されないケースもあります。それは、入居者がその物件で、賃貸借契約に違反する悪質な迷惑行為を行なっていたような場合です。
このような場合には、賃貸借契約違反による強制退去という形で、入居者は物件から立ち退くことになります。強制退去による立ち退きでは、通常の立ち退きの場合と異なり、敷金は返還されない可能性があります。
退去時に敷金が返還されない可能性がある迷惑行為の例としては、次のようなものが挙げられます。
・長期間に及ぶ家賃の滞納(目安は3ヶ月以上)
・近隣への迷惑行為(騒音、悪臭、害虫、ゴミの不始末など)
・ペット不可物件でのペットの飼育、ペット可物件でのペットの規定頭数オーバー
・規定の居住人数オーバー(単身用物件に無断で友人と同居している、入居者2人で契約のところ3人で住んでいるなど)
・契約物件の無断での他人転貸
・契約物件の契約内容と異なる使用(住居用物件を店舗・事務所として使用するなど)
・故意による物件の破壊(壁に穴を開ける、クロスに落書きするなど)
・無断での物件の改造
悪質な迷惑行為による強制退去では、敷金が戻ってこないだけではなく、大家から損害賠償を請求される恐れもあります。
それを避けるためにも、賃貸物件の利用においては、契約書の内容を理解し、マナーを遵守することが基本です。
立ち退き時によくある敷金返還トラブル
立ち退き時の敷金の取り扱いについては、大家との間でトラブルになることも少なくはありません。
ここでは、立ち退き時に起きやすい敷金トラブルの具体例をご紹介します。
1 敷金が返還されない(立ち退き料に敷金も含まれていると言われた)
賃貸物件からの立ち退きでよくあるのが、「立ち退き料は支払われるものの、敷金が返還されない」という事例です。中には、「立ち退き料に返還分の敷金が含まれている」と主張する大家もいるようです。
ここで重要なのは、立ち退き料と敷金の違いについて正確に理解することです。
立ち退き料・・・大家都合の立ち退きにおいて、立ち退きの理由の正当性を補完するために支払われる金銭
敷金・・・賃貸借契約の際に大家へ預ける担保金であり、退去時の返還が法で定められている
上記のとおり、立ち退き料と敷金は性質が異なります。
立ち退き料は、立ち退きに際して貸主である大家から借主である入居者に支払われる金銭であり、敷金は契約時に入居者が大家に預ける金銭です。そして、敷金については、退去時の返還が法律で定められています。
よって、立ち退きによる退去時には、原状回復費用の負担や重大な迷惑行為がない限り、敷金は返還されるべきです。また、敷金とは性質の異なる立ち退き料の内訳に、返還分の敷金が含まれることは基本的にありません。
敷金に関するこのようなトラブルを避けるためには、立ち退き料の交渉時に、敷金の取り扱いについてよく確認しておくことが大切です。そして交渉で合意した内容は書面に残し、後から証拠として提示できるようにしておきましょう。
2 物件を取り壊す(建て替えする)にもかかわらず、敷金から原状回復費用が差し引かれた
「立ち退きの理由が建物の取り壊しや建て替えであるにもかかわらず、返還された敷金から原状回復費用が差し引かれていた」ことで、トラブルが起こるケースも見受けられます。
退去後に建物の取り壊し(建て替え)が予定されている場合、基本的に大家は物件の原状回復のための修繕を行う必要がないと解されます。そのため、原状回復費は発生せず、入居者へ返還される敷金から差し引かれる金銭もないはずです。
しかし「入居者には原状回復義務があるから」と、大家が返還する敷金から原状回復費用を差し引くことがあるようです。
このようなトラブルを避けるためには、大家との交渉が非常に重要です。交渉時には、必ず原状回復義務の有無について確認しておくようにしましょう。
大家都合で立ち退きをする場合は、立ち退き料を請求できる
ここまでにも少し触れましたが、大家都合での立ち退きでは、敷金の返還とは別に、大家は入居者に立ち退き料を支払うのが合理的です。
立ち退き料とは、立ち退きにあたって生じる入居者の損害を補填するために、大家から入居者へ支払われる金銭のことです。その内訳には、転居費用や新居の契約費用などが含まれます。
とはいえ、立ち退き料の支払いに法的な義務はありません。では、なぜ多くのケースで立ち退き料が支払われているのでしょうか。
その理由は、立ち退き料に立ち退き理由の正当性を補填する役割があるためです。
立ち退き要請には「正当の事由」が必要
大家が入居者に立ち退きを要請するには、「正当の事由」が必要です。(借地借家法第28条)
正当の事由については、下記の記事にて詳しく解説しています。
この借地借家法第28条には、立ち退き料の支払いが「正当の事由」の補完要素になることも記されています。
つまり、立ち退き料を支払うことで、大家は立ち退き要請に必要な「正当の事由」を補完することができるのです。
このことから、立ち退きの多くのケースでは、立ち退き料の支払いが行われています。
またその金額は、大家が主張する立ち退き理由の正当性の度合いや入居者側のその物件に住む必要性などに応じて変化します。よって、具体的な相場はなく、金額はケースバイケースだと言えるでしょう。
敷金返還・立ち退き料の交渉は弁護士への相談がおすすめ
立ち退きを要請された場合、入居者は立ち退き条件を擦り合わせるため、大家と交渉を行う必要があります。この交渉では、敷金の返還や立ち退き料の金額についても話し合うことになります。
しかし、法律の知識や交渉の技術がなければ、立ち退き交渉をうまく進めることはできません。入居者にとっては、交渉自体が負担になってしまうこともあるでしょう。
そこで検討すべきなのが、法律の専門家である弁護士への依頼です。
弁護士による交渉では、大家の主張する「正当の事由」を正しく判断し、適切な金額の立ち退き料を求めることができます。また、敷金の返還や原状回復費用の免除を求めることも可能でしょう。
立ち退き交渉を弁護士に依頼するメリット・デメリットはこちらで詳しく解説しています。
【借主向け】立ち退き交渉を弁護士に依頼するメリット・デメリット
まとめ
賃貸物件からの立ち退きでは、入居者側に故意や過失による物件の損傷責任または重大な契約違反・迷惑行為がない限り、立ち退き料とは別に敷金の全額返還が行われます。敷金の返還は民法で定められた決まりであるため、大家の勝手な判断で「敷金が返還されない」などということはあってはなりません。
もし、大家が敷金の返還に応じない場合には、不動産問題の実績が豊富な弁護士への相談を検討しましょう。敷金の返還に限らず、立ち退き交渉全体に弁護士が介入することで、入居者はより有利な条件で物件から立ち退くことが可能になります。
記事監修 : 代表弁護士 大達 一賢